ゴスペルを始めて8年になります。きっかけは、映画“天使にラブソング”を見てすごく感動しました。自信無さそうな暗いシスターたちが、見違えるほどに明るく積極的になっていく姿、ダメな高校生たちが目標を見出して皆で力合わせて歌い、地域のコンクールに新しい風を吹き込んで人々の心が解放されていく姿はとても爽快でした。
そんなある日、“ゴスペル”をしている教会に行く機会があり、練習に参加してみました。その時、教会に多くの方々がクリスチャンのあるなしにかかわらず集い、いっしょに歌い、手をつなぎ祈り、分かち合う姿を見て胸が熱くなり、“これだ”と思いました。今まで、教会にも多くの人々が心を開放された喜びを持っているのに表現しきれていないもどかしさを感じていました。
なぜ、これほどまでに感動したのか思い返してみると、ゴスペルには、他にない“感動”や“清々しさ”があり、人々といっしょに歌うという“喜びと温もり”があるからだと思いました。それは、私たちのゴスペル・グループの名前にもその特徴が現わされていると思います。私たちはそれぞれクワイヤー名を持っていますが、“Hallelujah Gospel Family”に属しています。 この名前に込められたゴスペルのスピリットは何でしょうか、考えてみてみましょう。

1.Hallelujah(ハレルヤ)
“主をほめたたえる、賛美する”ということ。“ゴスペル”は自己表現ですが、自己主張ではありません。天地を造られ、私たちを愛しておられる方への心からの感謝であり、賛美であり、ラブソングなのです。だから喜びと感動をもって“ハレルヤ!”と叫び、歌うのです。
2.Gospel(ゴスペル)
“良い知らせ”ということ。その内容は、“本来、私たちは神によっていのち与えられた者で、それゆえに一人一人の人生には意味と目的があること、そして私たちがそれぞれ新しいいのちをいただいて生きてきて良かったと実感し、感謝する者となれる”ということです。しかし、現実的には生きる意味や目的を実感している人は少ないでしょう。その原因は、私たちを造られた神から離れているためにその意味と目的を見出せずにいるのです。主なる神は、十字架に示された神の愛、イエス様の身代わりの死によって、私たちの弱さや罪を赦し、失敗を益に変えてくださる道を用意してくださったのです。それを信じ受け入れる者はだれでも本来の自分を生きるようになるのです。それ故に、ゴスペルは自己主張ではなく神への賛美、ラブソングなのです。
3.Family(ファミリー)
“家族”ということ。神は、私たち人間が家族という絆の中で生きるように意図されました。私たちが生まれる時に、父親と母親がいてそこで育つようにされました。その中でこそ、生きるのに必要なものを吸収できるのです。しかし、残念ながら今日、個人の在り方のみが強調され、家族が失われつつあります。人は、人との関わりが必要です。変わることのない愛を必要としています。私たちは“ゴスペル”を通して、家族の大切さに目が開かれ、互いに神の愛の絆によってより大きな家族を体験できることを期待しています。
“何故、これほどまで日本でゴスペルが盛んなのでしょうか?”と聞かれることがあります。それは、“ゴスペル”には私たちが生きるのに必要なものが含まれているからです。ゴスペルは、まさしく“現代のオアシス”になっているのです。
聖書の中に、「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる。」(マタイ4章4節)と書いてあります。人は食べるために生きるのではありません。また、「さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。『だれでも乾いているなら、私の元に来て飲みなさい。わたしを信じるものは、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水が流れ出るようになる。』」(ヨハネの福音書7章37,38節)。止めることのできない、人を潤す魂の喜びがあるのです。
ゴスペルを通して、多くの方々といっしょに、喜びを持って、感動しながら、生きていて良かったということができる人生でありたいと願っています。
<水戸聖書バプテスト教会 牧師 川崎 満>
